【日本史めぐり~室町時代~】豊島氏の練馬城跡に行ってみた

どうも。
ゆうゆうです。
私の育ったのは東京都練馬区という場所です。
その練馬区に豊島園(としまえん)という遊園地があって、昔はよくその豊島園に遊びに行っていました。
もう15年以上行っていなかった豊島園に、息子と行く機会がありました。
豊島園はたくさんの乗り物があり、夏にはプールも営業し、多くの家族で賑わいます。
最近、そんな豊島園にも歴史があったなんて、初めて知りました😮
私は自分の育った近辺の歴史に触れることが趣味のひとつになっています。
前の”【日本史めぐり~室町時代~】豊島氏の石神井城跡に行ってみた”の記事で紹介しましたが、平安時代末期~室町時代中期まで、現在の東京の台東区、文京区、豊島区、北区、荒川区、足立区、板橋区、練馬区やその周辺地域に勢力を持っていた豊島(としま)という武家の一族がいました。
その豊島氏の居城のひとつにこの現在の豊島園と同じ場所に練馬城というのが存在していたようです。
 
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この豊島園の名前の由来も豊島氏にちなんで名付けられたとされています。
練馬城は、1476年から始まった長尾景春(ながおかげはる)の乱によって、江戸城を築城した武将、太田道灌と豊島氏の対立の際に、太田道灌が練馬城攻めによって、当時の城主、豊島泰明(としまやすあき)は討ち死に、敗走により廃城になったとされています。
練馬城は、太田道灌側の居城である江戸城、河越城の間に位置し、太田道灌側の連絡線を断つ役割を担っていました。
 
 
このあと、近くの石神井城も攻め落とされます。
 
敵対居城に囲まれながらも、太田道灌の迅速な行動力と底力によって、私の育った地域(練馬区)の城が次々に落とされてしまったんですね。
 
でも、地元にも歴史を感じられる場所があって、何か嬉しい気持ちにもなりました。
 
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